大垣市は、「木枡」の生産において、全国の8割をつくる日本一の産地です。

枡は、本来、コメなどを量る日本古来の計量器でした。古くは1200年前、奈良・平城京からも出土しています。領主に年貢米や塩などを納める際に、あるいは、米や麦を炊くときに、大小の枡は、日本人の暮らしに欠かせない大切な道具でした。

その枡づくりが、かつて木曽ヒノキの一大集積地だった名古屋で盛んに行われていました。ところが、明治の中頃、職人の一人が奉公を終えて大垣に戻ったことから、大垣でも枡がつくられるようになりました。そして、大垣の枡づくりは、太平洋戦争で街が焼け野原となった後もたくましく復興し、次第に盛んになっていった歴史があります。

かつて市内で11社を数えた製造業者も、平成27年(2015年)現在は5社に。それでも、合わせて年間200万個を生産しています。計量器として、あるいは、イベント用の縁起のよい記念品として、木枡は新たな活躍の場を得てつくられ続けています。

現在は、海外での和食ブームも手伝って、「MASU」はエキゾチックで斬新な容器として外国市場でも大好評を博しています。海を渡り、世界デビューを果たしてた大垣の木枡。今後も大垣の枡の更なる発展を我々は目指します。